By Myra Lewin ![]() 人生の大きな変化を求めてヨガとアーユルヴェーダに辿り着く人が多くいます。けれど、最も深い変化は、たいていの場合、微細エネルギーの領域で生じています。 あなたが人生を構成するエネルギーに気付いていなくても、エネルギーは経験する全てに存在しています。これこそが、あなたの行動全てがあなたの健康と健やかさに刻まれている、とアーユルヴェーダが言う所以です。私たちは人生の物理的な側面のみを見るように教え込まれています。そしてこの物理的な側面がそこにあるエネルギーをぼんやりと曖昧にしてしまいます。けれど、微細な世界は常に作用し、あなたのフィーリングと行動に影響を与え続けています。表面的な原因と結果にしか注意を払わなければ、人生の全貌が見えてくることはこの先決してないでしょう。 内側に入ってエネルギーを見つめるプラクティショナーとして、そして指導者としての経験を重ねるうちに、なぜこんなにも多くの人が人生に満足していないのかが分かるようになりました。皆一様に物質世界に充足感を求めているのです。これでは満足できないのも当然のことなのです。皆、仕事や家族、社会的責任、そして所有しているもので自分が決まると信じ込んでいます。ですが、これらがあなたを真実満たすことはありません。自分の感覚と知性を通しての経験だけで人生を理解しようとし、それが大きな足枷となっているのです。 外側の物で決まる人生を生きれば、あなたの胸に宿る神とのつながりは曇ります。ヨガはその道を光で照らします。規則正しい実践を通してなら、自分を取り囲むガラクタの山を一掃し、深い内側へと旅立つことができます。このガラクタが物質的なもの(幸福になるには物が必要という思い込み)であれ、感情的なもの(今自分の状態はこうであるから今後もこうであろうという考え)であれ、どちらにしてもガラクタは神聖な微細エネルギーからの分離を生みます。このエネルギーは、人生の全貌を一つにまとめるものです。これこそが、真の喜びのフィーリングをもたらすのです。 瞑想、プラーナヤマ、ヨガアーサナのサトヴィックな実践は、それ自体が道具なり、このような不純物を燃やします。その結果、「自分はこういう人間だ」という思い込みの向こう側にどれほど多くのものがあるかが見えてくるでしょう。あなたを覆うベールを取り払うのは、筋肉ではありません。そのベールを取り払うのは、呼吸とプラーナの流れこそがアルダチャンドラアーサナ(半月)で脚を上げさせるのだ、という気づきであり、anandamaya koshaアーナンダマヤ・コーシャ、つまり心とからだを超越する歓喜の経験です。どんな手段でも関係ありません。自分という存在をあらゆるレベルで知ること、それが有意義な人生の重要な鍵なのです。 サットヴァと微細エネルギーの世界![]() 微細エネルギーの影響が理解できれば、なぜアーユルヴェーダが、あなたやあなたを愛する人の作るものだけを食べましょうと言っているかが分かるでしょう。評価の高いレストランへ行き、美しく盛り付けられたものを食べても構わないのです。けれど、もしシェフがたまたまそれを調理した時に怒りを抱えていたら、あなたはシェフの心の状態も食べものと一緒に消化する羽目になります。このような食べかたを繰り返せば、その結果も積み重なります。ある日、あなたは配偶者の突拍子もない行動に我慢ができないかもしれません。あるいは、自分の前の車の運転手に対してキレやすくなるかもしれません。このような微細な経験は、時とともに蓄積します。やがて、攻撃性、落胆、満たされない欲求という色眼鏡をかけたあなたは、人生を曇った目で見つめるようになります。ですが、自分でコントロールできるものに沿った生き方をすることもできます。自分でコントロールできるもの、それは選択です。微細エネルギーの影響に気づいたら、あなたはサットヴァに惹かれるようになるでしょう。家でシンプルな食事をすることを選ぶ、そんなサットヴァです。家で食事をすれば、どんな四つ星レストランでも敵わない穏やかさが手に入ることが分かるでしょう。 サットヴァの経験は、完全にエネルギー的なものです。ですから、知性で理解しようとしている限り、サトヴィックな食べものリストがあって、アーユルヴェーダ料理トレーニングでサトヴィックな調理法を学んでも、結局のところ、これら全てはささやかな変化にしかなりません。けれど、内側に入り、自分の内に秘められた直観的な叡智を見出せば、経験やものを超越する微細エネルギーに気付き始めることができます。そこからであれば、あなたは自分のサットヴァへの旅を始めることができるのです。 こんな実験があります。調理台の上に、ミレットのスパイス和えのようなサトヴィックの食べもの、量産された豆乳のようなラジャシックの食べもの、冷凍食品のようなタマシックの食べもの、のように、3タイプの食べものを並べます。目を閉じて、一度にひとつずつ、それぞれに手をかざしてみます。それぞれの質について、物質の感覚を超えて一番最初に頭に浮かぶものが何かを考えてみてください。後から「やっぱり違う」などと思わないことです。すると、サトヴィックな食べものには違うフィーリングがあったことが分かるでしょう。他二つにはない、軽さのフィーリングです。それがあなたの経験した微細エネルギーです。スーパーで買い物をしている時もこのエクササイズをしてください。そうすればあなたはより良い選択ができるようになり、霊的な道を進み続けることができるのです。 朝に瞑想をする理由![]() 微細エネルギーが感じにくいなら、朝6時より前に起床しましょう。1日のこの時間はbrahmamuhurtiブラーマムフルタと呼ばれ、霊的な取り組みに働きかける最もパワフルな時間帯である、と考えられています。この時間帯は、あなたの内にあるエネルギーと世界に存在するエネルギーが軽く、重たい物質世界に括り付けられていない時間です。静寂のある場所を見つけます。最低10分間、ただ目を閉じて、ゆったりとした意識的な呼吸に集中します。何かを無理やりしようとしてはいけません。ただ観察をし、そこに存在するだけです。心がふらふらと彷徨い出たら、そっと優しく観察者の状態に戻してください。おそらく、あなたは心に軽さを感じるか、どこかでエネルギーがはためくのを感じるかするでしょう。それを認識し、けれど、その感覚を掴もうとしてはいけません。微細エネルギーを捕らえることはできません。これを1週間毎日続けてください。そして、残り1日、この微細エネルギーをどう感じるか様子をみてください。 朝の瞑想がしっかりと継続できれば、それだけあなたは微細エネルギーを感じるようになります。驚いたことに、物質世界の経験に100%どっしりと根付くこと(瞑想で手に入る状態)こそが、あなたに影響を及ぼす全てのものに気付きをもたらすのです。微細エネルギーでさえもです。 多くの人は、エネルギーが人生に影響を与えると知ることで、変化したいと欲すること、そして変化を経験すること、この2つの間にある溝を埋めることができます。エネルギーに波長が合わせられれば、風の強い日に外を散歩すれば忘れっぽくなる気がする、だから次は帽子を忘れないようにしよう、などということが分かるようになります。農薬を使わず育てられた食べものを食べたらからだの痛みが減る、だから次に買い物に行くときは無農薬のものを選ぼう、なども分かります。こうしたささやかなシフトが積み重なって、大きな結果を呼びます。永遠の魂としての自分が見えるようになって歩み始める、充足したその道は、必ず光に照らされるでしょう。
1 コメント
Yoshiko
3/31/2017 01:33:03 pm
心に響きました。もっと微細に感じて生きたいと思いました。ありがとう🎵
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